++ 迎い火 from ユイカラヒイさま ++


ユイカラヒイさんサイトの旧作から、好きなSSをおねだりしてしまいました!

僭越ながらイメージ付けさせていただいています。







ジョーはヒマな時間を海辺で過ごすことが多い。だが別に理由はない。特別海が好きなわけでもない。子供のころ過ごした教会は海とは離れたところにあったし、海には辛い思い出の方が多かった。ただ、一面に広がる青と、規則的に寄せては返す波を見ていると、なんだか喜びはより大きく、悲しみはより小さくなっていくような錯覚がして。どこか気分が楽になる。あの時も、自分を救ってくれるような気がして、一瞬の迷いをふりきり海へと飛び込んだ。


今日も一時間ほど前から、このギルモア邸の前の砂浜に一人座って、落ちゆく太陽に光を奪われて、だんだんと色が深みを帯びたものに変化していく海を眺めていた。

「・・・・!」

ふと遠くで自分を呼ぶ声がした。振り返ると、ヒールの高いサンダルで砂に足をとられながらも、小走りにかけてくるフランソワーズの姿が見えた。彼の近くまで来ると、つま先に溜まった砂を払いながら、彼女は言った。

「またここにいたのね。ご飯が出来たわよ?」

「うん、ありがとう。」

そう答えながらも動く気配のない彼をほっておくことはできなくて、彼の横に、彼女も買ったばかりの白いスカートを気にしつつ腰かけようとした。それに気付いたジョーは、持ってきていたパーカーをパサリと砂の上に広げた。

「え、あ、ありがとう・・・。」

フランソワーズはすまなそうに、だけどほんのりほおを赤らめてお礼を言うと、その上に座った。優しい沈黙。夕暮れの海辺に吹く風は強い。けれどそれすらも、二人の間を吹き抜ける間だけははやわらかく、そっと通り過ぎていく。太陽の光に照らされて黄金色に光る亜麻色の髪を押えながら彼女は言った。

「ふふふ・・・不思議ね。小さい頃はこんな海辺で生活することになるなんて思いもしなかった・・・。憧れてはいたけれど。」

「小さい頃海で遊んだことはある?」

「両親が生きていた頃は年に一度は行ってたけれど。亡くなってからは、兄は仕事に、私はバレエに忙しくなって。…パリは海から遠いから。」

もうずいぶん泳いでないわ。今泳いだらきっと溺れちゃう。そう言って彼女は冗談ぽく舌を出した。でも再び訪れた、今度は気まずい沈黙を、破ることは出来なかった。・・・わたし、また余計なこと言っちゃったのね。彼の顔が見れずに、まだかすかに温かい砂を手で玩んでうつむいていると、

「・・・泳ごうか」

急に彼が言い出した。

「え、だって・・・。」(水着なんか持ってないし)

「今すぐにだよ!」

そう言ってにっこり笑うと、彼はまだ途惑っている彼女に手を差し出して立たせ、そのまま海の中へと導いていった。防護服を着て海に入ったことなら最近でも何度となくある。だがあの服は厚すぎた。海に入っても、感じるのはかすかな圧迫感だけ。その無機質な感触が、それしか感じることが出来ないという事実が、自分がヒトではないことを強調されているようで悲しかった。

海ってこんな感じだったのね。

素足に感じる水の冷たさに途惑いつつも、ジョーに手を引かれて少しずつ深いところへ進む。身につけている物は薄いピンクのブラウスと、白いフレアのスカートだけ。サンダルは砂浜に置いてきてしまった。だけど服が水にぬれて纏わりつく感じは少しも苦にならない。むしろひんやりと心地よくて。自分はまだ、こんなことを感じることができる。そう思うとだんだんと心が弾んできて、いつしか夢中で海の底をけっていた。

「キャッ・・・!」

思ったより柔らかい砂に足が埋もれてフランソワーズはバランスを崩した。すかさずジョーが抱き寄せて支える・・・ハズだったが、彼もバランスを崩して一緒に海にばしゃりと倒れこんだ。塩辛い水が喉を伝って鼻の奥が痛くなった。

「げほっごほっ・・!ぷっ・・・!!あはは・・・・!!」

彼は自分の失態に思わず笑い出した。つられてフランソワーズも一緒に笑い出す。それからしばらくは水を掛け合ったり、手をつないで泳いだり、仰向けに海に倒れこんだり、時を忘れて遊んでいた。


ふと気付くと、空は明るさを西の方にうっすらと残すのみで、紫色の空に星が一つ二つと瞬き始めていた。

「そろそろ帰らなきゃね。博士達も心配するし。」

「ええ・・・。」
彼女は名残惜しそうに答えた。

「また来ればいいよ。家からとても近いんだから。」

ジョーは彼女を優しく見つめてそういうと、

「あ!!」

と唐突に彼女の近くに手を伸ばし、何かをぐっとつかんで海から引っ張り出した。

フランソワ―ズの腰の辺りにあったもの。それは一匹の小さなくらげだった。一瞬の出来事。とても自分がサイボーグで、さされる心配がないと考えた上での行動とは思えなかった。自分を普通の女の子のように扱ってくれたこと。危険を顧みずに守ってくれたこと。そのことが、うれしい。フランソワ―ズは、胸の辺りがじんわりと温かくなるのを感じた。

「そっか、もうすぐお盆なんだっけ。」

つぶやくようにジョーが言う。

「オボン?」

聞きなれない言葉。僕も教会育ちだから、よくは知らないんだけど。そう言いながら彼は続けた。

「日本には、年に一度、『お盆』といって亡くなった人たちが家族のもとへ戻ってくるっていう期間があるんだけど、その頃を過ぎるとくらげが出て危ないから、海で泳いじゃいけないんだって。この前コズミ博士に聞いたんだ。お盆にはね、最初の日に、死者が家路を迷わないように小さな焚き火をするらしいよ。えっと・・・迎い火・・・だったかな?」

彼の説明を聞いているうちに、彼女は胸に息苦しさを感じた。家族――――。懐かしい、だけどもう二度と会うことは出来ない人のことを思いだした。切なくなって、急に海の水の冷たさが身にしみる。底が見えないほど黝くなった海を見て、言い知れぬ恐怖を感じ、思わず自分をきつく抱きしめた。

「でも。ひょっとして・・・。」

捕まえたくらげを両手でふにふにともてあそんでいた彼は、ふとその手を止めてつぶやいた。視線は遥かかなた、空と溶けて今は見えなくなった水平線があるだろう場所を見つめながら。

「ひょっとして、違うんじゃないかなって思うんだ。死者が迷わないようにじゃなくて、自分の居場所を知らせたいって思うからじゃないのかなって。自分はここにいるよって。大切な人に、知ってもらいたいから火をたくんじゃないのかなって。」

言い終わったあと、ほんの一瞬彼の眼に暗い影が落ちた。誰のことを思っているのだろう。そう思って彼の前に立ち、顔を覗き込もうとしたけれど、次の瞬間にはもう影は消えていた。

「さ、帰ろう。」

何事も無かったかのようににっこり笑って彼はそう言うと、彼女に手を差し出した。そのことはなぜか彼女を悲しくさせたが、何も言わずに手を取って、二人でもと来たところをたどって海を出る。すっかり太陽が沈んだ後、気温は水温より低くなる。体に纏わりついた、水を含んだ服のせいで思ったより寒くて、震えが止まらない。そんな彼女に、彼はすまなそうに言った。

「ごめんね、無理に誘って。風邪引いたら・・・。」

それを遮るように、彼の眼をじっと見つめたあと、静かに微笑んで彼女は言った。

「ううん。すごく楽しかったの。ありがとう・・・。」

すると彼は嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべた。そして砂浜に放ってあったパーカーを彼女の肩にそっとかけると、スニーカーをつっかけたまま、照れくさそうに先に歩き出した。はくしょんと大きなくしゃみをしてぶるっと震えたその後ろ姿がとてもいとおしくて。フランソワ―ズは裾を両手でつかんで、パーカーを羽のように広げて小走りに彼に駆け寄ると、ばふっと彼の肩を包んだ。驚いて振り返った彼に、彼女はいたずらっぽく囁いた。

「この方が温かいわ。」

彼は狼狽し、顔を真っ赤にしてあたふたとしていたが、やがて観念したように彼女のするに任せた。彼女が彼にパーカーの一方の端を持たせて、二人が布に包まれるようすると、そのまま二人で並んで家へと向かった。


家に帰ると張大人とグレートが遊びに来ていた。

「取引先の食料会社の人にこれもらったのよ。なかなか粋なことするアルね!」

「でも、俺達おっさん二人だけでやるってのはな。それでお前さんたちもどうかと思って持ってきたんだ。」

そう言って彼らが得意げに差し出したのは、両手一杯の花火だった。楽しそうだね、にっこり笑って言った彼の言葉を、誘いへの肯定として受け取ると二人は、じゃあ夕飯のあと海でやろうと提案した。

シャワーを浴びて夕飯を食べた後、ほどよく暖まった体に、海の夜風が心地よい。さっきいた所に程近い砂浜で、彼らは花火を始めた。手に持つタイプの花火は初めてのフランソワ―ズとグレートは最初、ものめずらしそうにあとの二人がやる動作を見ていた。ジョーに促されて一本に火を点す。シュッと乾いた音を出した後、それは細かく色とりどりの光を出して燃え出した。その周りだけがぱっと明るくなり、幻想的な世界を描き出す。それをうっとりと見つめている彼女の顔を確認すると、ジョーは満足げに笑って張大人達のもとに戻っていった。程なくして火が消えた後、今度は自分で火をつける。そして彼らから少し離れたところへ行くとフランソワ―ズは、手に持っていた花火を、ゆっくりとまわしてみた。

「自分の居場所を知らせたいって思うから――。」

フランソワ―ズはジョーの言ったことを思い出していた。花火の火は、残像を、まるく円を描くように残していく。暗闇に、ゆらりと黄色い輪が浮かぶ。


兄さん、この火は見えていますか?私はここにいます。ここで・・・・生きていきます。出来る事なら――。






ふと見るとジョーは、グレートが猫に変身してねずみ花火を狂ったように追い掛け回すのを見て笑い転げていた。ふっと口元がゆるみ、思わず空を仰いでつぶやいた。


できることなら、彼と、ずっと――――。


花火の先から出る細い煙が、光に照らされて暗闇の中、光の色をそのままに、ゆらゆらと空を上がっていくのが見えた。




 




平ゼロ設定も、ひさしぶりに読むとなんだか切ないったら・・・vv

夏の終わりの情感たっぷりなこのSS、こころよく転載OKありがとうございました!







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