Daybreak from csp311さま 前編









 長閑な… 何の変哲もない典型的な日本の片田舎的な風景にそこは

満ちていた。



「でも不思議… 日本は<木と紙の建造物>しかないって聞いていた

のに…」

「そうだね、ここ『飛鳥』の遺跡群は昨日見た奈良市内の感じ

とは随分違うなぁ…。ええと、ここは『石舞台』というらしいよ」

 巨大な石の構造物…。飛鳥には他にも『酒舟石』、『猿石』、

『亀石』等、 奇妙な石の遺跡が多い。



 illustrated by csp311




「これって… 昔の偉い人のお墓なんでしょ?」

「うん、『蘇我馬子』という人物の墓と言われているらしいね…。

『巨石文明』とまでは言わないけど、迫力があるよな」

 幾層かに積み重ねられた巨岩の造形に感心する2人。

「権力の誇示の為の壮麗さなのかしら?…。どことなくアイルランド

の『グレンダロッホ』の遺跡に似ていなくもないわ…」

「あれっ?… そうなんだ、詳しいんだねフランソワーズ」

 意外… という顔をしてジョウは振り返った。

「うふ、偉いでしょ。歴史や地理はわりと好きだったの。フランスにだって、

特にブルターニュにはアリニュマン(柱状列石)やクロムレック(環状列石)

って呼ばれる石の遺跡がいっぱいあるのよ」

「ふうぅん… でも、2人っきりの旅行なのに… こんな地味なコースで

良かったの?」

「<昔の日本を見てみたい>って言ったのは私だし、京都なんかと比べ

ると奈良や飛鳥って逆に新鮮でいいわ」

なら良いけど…」

「ぷっ!いやだぁ、それ駄洒落?? 寒いわよ、ジョウ」

「チェッ…」

「ウフ…」

 自分のセリフに『おやじギャグ』の汚名を着せられ、ちょっとスネ

気味の彼の腕にとりつくフランソワーズ。

(あなたと一緒なら、どこでも楽しいのよ…)

 決して声には出さなかったが、その目がそう言っていた。



「中の<玄室>は公開だよ。入ってみる?」

「ええ…」

 <玄室>に続く石の道の上で寄り添う2人…。

 季節は冬…。冷たい北風にフランソワ−ズのスカーフが微かに靡いていた。



「あ… 誰かいるみたい」

「え?」

「ううう… うぅ」

 探検隊?… TVの撮影?? 玄室から現れた初老の男は、夏仕様のサ

ファリジャケットを着ていた。

 男はよろめきながら2人に近づき、突っ伏すように大地に跪くと呻く

ような小声でブツブツと意味不明の言葉を呟いていた。

「どうしました?? しっかりしてください!」

 ジョウに抱き起こされた男は、震えながら小さく唇を動かした。

「うぅ… か、神は… 悪魔…!」

「イースター… マ…ヤ アン…コール ヮ ピ…ラミッド 羽根…蛇!」

「ウァ〜〜!神… 悪魔…!!」

「しっかり! しっかりしてください!!」

「ジョウ!」

 ジョウの背後で、自分の口を両手で押さえるフランソワーズ。

「…死んだ」

「別になんの変哲も無い石の空間よ… 何もおかしい所は無いわ」

 彼女はその<能力>で周囲を注意深く窺っていた。

「外傷は無いようだ。とにかく警察に連絡しないと…」

 ジョウは手をかざし、見開かれたその男の両目を閉じた。



(この男が伝えたかった事とは… 何だったんだろう?)





 ***





「とんだ旅行になったね… フランソワーズ」

「ええ、ちょっと疲れちゃった」



 観光名所である石舞台古墳… 異変に気付いた人々が集まり、現場

周辺は瞬く間に黒山の人だかりになった。

 やがて現れた地元警察による現場検証… 必要な要件のみならず、

若いハーフの青年と美人の外国人女性という取り合わせに対する

下賎な興味からくるデリカシーを欠く不愉快な質問には2人とも

辟易した。



――この仏さん、このクソ寒いのに夏服なんか着よってからに…――



 そう、地元の巡査のセリフ通り、その男の<出で立ち>はちょっと

不可解だった。この冬の季節に夏用のサファリジャケット着用…。

そして息を引き取る間際の謎のセリフ…。単なる精神障害者??



―― そうだろうか? ――



 あの初老の男の… 断末魔の形相が、いつまでも彼の頭の中で残像とな

って消えないでいた。





 **********************





 神奈川県某所… カーレーサー島村ジョウ邸兼ギルモア科学研究所。



「こんにちは… こちらに島村さんという方は、いらっしゃいますで

しょうか?」

「? はぁ…、島村は僕ですが…」

 庭で愛車ホンダS600の手入れをしていたジョウは、不意の来客

に素っ気無く応対した。

「あの、私は… 考古学博士 小松隆正の娘で玲子と申します。 警察

に聞いたらこちらの住所を… 父が亡くなった時のお話をお聞きし

たくって…」

 若い女…。切れ長で黒目がちな瞳のスレンダーなその美女は、喪服

のような黒いワンピースを着ていた。

「ああ、あの時の… この度は、どうもご愁傷様でした。お父様は

考古学博士だったのですね」

「ええ…」



 2階の窓から2人のやり取りを窺うフランソワーズ。

(あの人… )

 具体的には表現できない何か… <その女>にというよりも、

<彼女の来訪>が自分も係わるであろう<未来>に大きな影響を

与えるような… そんな予感がしてフランソワーズは少し不安を覚えた。





 **************************





「オヤ、ジョウはまた出かけておるのか?」

 ギルモアが自室から居間に降りてきて言った。

「ジョウは『世界ミステリーツアー』に行く準備をしに行ったアルよ。

エジプト、中南米、イースター島… <大きな石の顔>を見に行くと言

っていたアル」

 その日『張々湖飯店』の2人が、いつものように研究所に遊びに来

ていた。

「なぁ…最近の、ヤツの考古学への<のめり込み様>は尋常じゃない

ぜ。へへへ…ひょっとしてのめり込んでいるのは此間来た『小松

博士のお嬢さん』の方へ、じゃないのかな?? <ヤツ好みの美人>

だったらしいじゃないか」

「これ、グレート! フランソワーズの前じゃゾ」

 相変わらずの軽口を叩くグレートをギルモアがたしなめる。

「あら?大丈夫よ。私…ジョウを信じてるから」

 フランソワーズは<あかんべぇ>をした。

「ハイハイ、そうでしたか、ご馳走様。ちぇっ…」

「でもね…」

 ふと、彼女の表情が翳った。

「でも?」

「何だか怖いの… さっきのあなたの話じゃないけど、際限なくジョウ

が考古学や神話の世界に填って行って、どこか遠くに行ってしまい

そうな… そんな気がして…」

「ああ、奴さんがあんなに凝り性だったとはな… 宗教書、考古学書、

文化人類学書… そう言えば、南極へ行ったとき…って、覚えてるかな?

シンシアの事件…まあいい、俺がシェークスピアの稽古をしている傍

でマンガ読んでゲラゲラ笑ってた坊やと同じとはとても思えん…

新興宗教でも始めようって魂胆か??」

「…」

 フランソワーズは淋しげに俯いた。

「おい、そんな顔するなよ、フランソワーズ。本業のレースが始まればそんな

暇なくなって、またいつものヤツに戻るって… な…」

 いつになく落ち込んでいる彼女の肩に手を置くグレート。

「ありがと…」

(今のジョウは<はしか>にかかったようなもの…)

 そう思うことにして、彼女はグレートの手の上に自分の手を置くと、

ぎこちなく微笑んだ。



(まったく… 何を考えてるんだヤツは?)

 グレートもまた今回の件では引っかかるものがあった。





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(結局の所… 何も分らず仕舞いだった)

(あのノアという娘は、僕に何を伝えようとしたのだろう…)

(イースター島にいた筈の小松博士が、飛鳥で息を引き取った…)



 エジプト、イースター、中南米への旅を終え、更に飛鳥古墳へ再び

赴いていた彼は、帰宅するや再び自室での、本に埋もれた生活に戻っていた。

彼の部屋でいくつもの山を築いている書物…。

『石舞台古墳』で小松嬢と再会した後、頻繁に出入りするようになった

故小松博士宅の書斎の蔵書から借りてきたものだ。



――W.ドワルスキ著…『エノク書の真実』――



 堆く積まれた書物の中で、その題名に目が留まった。

 彼は何気無くその本を手にとり、無造作にページを開く。



 彼の目が大きく見開かれた。

“これは…”

 知的興奮が高まり、さらにその本を読み進める。



―― コンコン ――



「入るぜ、ジョウ…」

 グレートがジョウの部屋の扉をノックした。

「お土産のテキーラありがとうよ。 それにしても熱心だな… また

小松のお嬢さんから本を借りてきたのか…」

 グレートはジョウの部屋に入ると、堆く積んである本の1つを手に取り、

あまり感心がなさそうにページをめくった。

「ふうぅん、アステカ神話… なになにぃ… 全能の神 ケツァルコアトル…

姿は『翼を持った蛇』か… 『翼をもったトカゲのオバケ』なら昔、散々お目に

かかったけどな」

「あ…」

 無意識に小さな声を発し、本を置くジョウ。

「それだ!!グレート!」

 ジョウはグレートの両肩をいきなり掴み2、3回揺すった。

「わぁ!びっくりした…。どうしたんだよジョウ?」

「サンキュウ、ナイスヒントだ」

「は???」

「さあ、一服しようか」

 ジョウは微笑むと、軽くグレートの肩を叩いて部屋を出た。

「なんなんだよ、まったく」





“ジリリリリン… ジリリリリン…”

 二人が居間に入ると黒い電話が鳴り、ジョウが受話器を取った。

「はい、島村です」



― よう、俺だ、ジョウ。久しぶり ―

「やあ!ハインリヒ?どうした?」

 ドイツからの国際電話… ハインリヒはよほどのことが無い限り、かけてくる事は

なかった。

― 明日にでも、おまえさんの所に行こうかと思ってな ―

「どっか体の機械の調子がおかしいのか?」

― いや、そういうわけじゃなくて… まあ、聞いて驚くなよ… 円盤と宇宙人を見た ―

「何だって!!!」

― ちょっとヤバイ事になってる。詳しくはそっちに着いた時に話す… じゃあな ―

「ハインリヒ!」



「おい、ジョウ、どうした??ハインリヒは何ていったんだ?」

「…」

 無言で彼は受話器を降ろした。

「ジョウ!」





 *****************





 東京都内某所 小松邸――



「あら?もうこんな時間… お茶にしませんこと? 島村さん」

 ジョウは、いつものように小松邸を訪れて故小松博士の残した資料の分析に

あたっていた。

「え? ああ、熱中していると時間の感覚が麻痺してきますね」

「コーヒーでいいかしら?」

 玲子は優しげに尋ねた。

「あ… 緑茶がいいな… わがまま言ってすみません」

 少し照れたように、ジョウは頭を掻く。

「あら? 島村さん、意外と和風なのね」

 玲子はにっこりと微笑んだ。



 東京郊外の閑静な住宅街の一角…。

 父を失い、娘1人で暮らすには大きすぎる家だった。



 彼は何回か食事をご馳走になったが、玲子の料理の腕は中々のものだった。

おそらくは、母譲りなのだろう。

 張大人の作る中華料理や、フランソワーズ自慢のフランス家庭料理も美味いの

は確かなのだが、混血とはいえ、幼少の頃から慣れ親しんだ日本風の味付けが

ジョウにとっては懐かしかった。





 世界の情勢は、刻々と動きを見せていた…。



 中東の某国某所の砂漠で“伝説の王”の墓所が発見されたのは、数ヶ月

前のことだった。その地中奥深くに存在が確認された巨大な「地下空間」…。

 そして、そこに眠っていた「古代遺産」の主権を巡って某国の国論は2分し、

内戦状態となった。

 事態を重く見た各国は、すぐさま国連の安全保障理事会を招集し、

事態の収拾に向けて国連軍の派遣が決定された。



「たかだか『古代の遺跡』の為に国連軍派遣とは穏やかじゃないですよね?」

 ジョウは、机上の『毎朝新聞』の国連軍派兵に関する記事に目をやって言った。

(戦争屋の差し金か?…BGみたいな …いや、今回はそんなに単純な問題

じゃないのかな?)

「多分、彼らの狙いはその地下空間にある『オーパーツ』にあると思います…

さぁ、どうぞ」

 玲子はジョウにお茶をすすめ、テーブルに湯呑みを置いた。

 上等な緑茶の香りが鼻腔を擽る。

「あ、どうも…」

 熱い緑茶を一口啜り、お茶請けに出された海苔巻あられを一つ頬張る。

「オ−パーツって?…黄金のジェット戦闘機とか水晶の髑髏とかの?」

 玲子の切れ長の目を見ながら、ジョウはお茶をもう一口啜った。

「今回、あそこで見つかった『オーパーツ』は桁が違います… 多分、今の<科学

パラダイム>を崩壊させるほどのインパクトがあるらしいと… 父の学者仲間の間

ではもっぱらの噂でした」

 カタン… と彼女は湯呑みを置いた。

(…それほどの発見なら世界が血眼になるのも無理はない)

「反物質エンジン …対消滅エネルギー… もしそうなら、核融合エネルギーさえ

もてあましている人類にとって厄災を招く事は必至… ヘタをすれば星の1つや

2つ、簡単に吹き飛ぶ力ですから」

 そう言うと玲子は窓辺に進み、曇天の空を見上げた。

「我々人類もそう馬鹿じゃない… そう信じたいものです」

 ジョウもまた立ち上がると、玲子の傍らに進んで言った。

「私、怖い… 怖いんです… 人類はあまりにも早く、神に近づきすぎたんじゃない

でしょうか?」

 玲子の顔は蒼褪めていた。

「きっと制裁が下るのでは無いかと… 『神』は父を奪ったのみならず、全ての

人々の命を奪うのではないかと… 怖い… 怖いわ…」

 傍らで、蹲らんばかりに怯えている玲子を、ジョウは抱き寄せた。

「大丈夫… 大丈夫です、 …玲子さん」

「島村さん…」

 彼女もまた震えながら彼の腕に身を任せようとした。しかし…。

「ああ… 駄目… 島村さん…」

「玲子さん…」

 最初に会った時から印象は悪くなかった…。風に靡く栗色の髪…、憂いがちの

鳶色の目、スマートながらレーサーらしく引き締まった体躯…、そしてその甘い声…



(これ以上優しくされたら… 本気で好きになってしまいそう… でも駄目、

駄目よ… 貴方には恋人がいるじゃない…)



「心配してくださってありがとう… もう大丈夫です… もう」

 玲子は襟を押さえながら、ゆっくりと彼の身体からその身を離した。



「私… 津軽に行ってみようと思うんです」

 ガラスに映っている自分を見ながら彼女は言った。

「津軽は古代遺跡の宝庫… 父は、帰国したらぜひ行ってみたいと言って

いました」

「1人旅ですか?」

 ガラスに映った彼女の隣に、彼が映っていた。

「…ええ」

「どうか、お気をつけて」

 ジョウは心配げに玲子を見た。

「ありがとうございます」

 彼女の潤んだ黒い瞳に、ジョウは自分の胸が疼くのを明確に感じていた。

 しかし、これ以上の優しさは、結局お互いを傷つけあうものであることも

分っていた。



「今日は長居をしてしまいました… また会える日を楽しみにしています」

「お元気で…」



 玄関先で彼を見送る…。

 彼のホンダS600はすぐに見えなくなったが、その乾いたエキゾーストノートは

彼女の耳にいつまでも響いていた。





(何だろう… この感情… あの瞳が…懐かしい気がして)

(玲子さん…)



 ジョウは、久しぶりにS600を駆って、夜の箱根へ繰出したい気分だった。




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