Daybreak from csp311さま 中編









 チベットのラサ郊外…。殺伐とした風景の中に点在する廃屋の中に

ナンバーズ達は身を潜めていた。





「フランソワーズ…何か見つかったかい?」

 ジョウが、彼女の肩に優しく手を置く。

「ううん… 私が認識できる範囲で貴方が言うようなものは何も

感じられないわ」

 少し表情をこわばらせ、フランソワーズは答えた。

「確かにここなのか?ジョウ」

 ハインリヒが窓から外の風景を眺めて言った。

「ああ… 僕とイワンの共通の結論だ」



 ナンバーズ全員の遠距離テレポーテーションのサポートで疲れたのだろう、

イワンはフランソワーズに抱かれ安らかな寝顔を見せていた。



「何故チベット?」

 訝しげな表情を浮かべるグレート。

「<シャングリラ>という理想郷の名前を聞いた事ない…かな?」

「<シャングリラ>… おお、昔、映画にあったな『失われた地平線』だったっけ?」

「<シャングリラ>って言うのは、チベット語で<心の中の日月(にちげつ)>

という意味らしいんだが、その伝説の元になった<シャンバラ>という都市が

このラサの地下にある。目指しているのはそこだ」

「伝説ねぇ…」

 そういって片目を瞑るとグレートは自分の後頭部を撫でた。

「伝説には何らかの根拠がある。ウルクに<ギルガメッシュ叙事詩>を裏付ける遺跡が

存在したように」

 ジョウもまたハインリヒの横で外を眺めながら言った。

「シュリーマン然り… ここまで来たんだ、俺はおめぇさんを信じてついて行くぜ」

「そういうことだ」

 ハインリヒとジェットの言葉に皆が頷いた。




 illustrated by るな






 −中華人民共和国チベット自治州−





 かつての統治者、ダライ・ラマを頂点に置くラマ教の高僧達がインドに亡命してから、

大分時間が経っていた。遠方から移り住んだ漢族も年々増えているという。

 通りを行き交う人たちの日に焼けた表情は、19世紀の日本人に良く似ていた。



「あっ、あそこ!」

「ん?」

「あの山の頂上… あそこから誰かがこっちを見ているわ」

 フランソワーズはヒマラヤの尾根の一点を凝視していた。

「人間?? …じゃないわ。 白い毛に覆われた原人?っていうのかしら?

ああいうのって」

「イェティ… ヒマラヤの雪男か?」

 グレートが言うように、昔からヒマラヤには<雪男=イェティ>の伝説がある。

「イェティ!?」

 肉眼での確認は不可能な遥か彼方、フランソワーズが指し示した先には

ヒマラヤのダウラギリ山群が高く聳えていた。



「よし、僕が行って確かめてくる」

 言い終わった瞬間、ジョウの姿が消えた。

 会得したばかりの新しい力、『テレポーテーション』を使ったようだ。

「俺も行くぜ、ジョウ!」

 間を置かずにハインリヒが続く。



(気をつけて!)



 フランソワーズは2人に思念を送る。



 2人は、目標の少し手前に着地して様子を伺う。寒風吹き荒ぶ中、 白い原人は

2人を無言で見つめていた。



(何故…僕たちを観察していた??)



 ジョウはテレパシーでコンタクトを試みる。



(…)



 その白い原人は思念を完全にブロックしていた。



(お前、何かを知ってるな?)



(あ!待て!!)



 ジョウが原人を抱きかかえようとした瞬間、白い原人の中から若い女が

抜け出し、クレバスの中へと消えていった。



(あっ!!)



 原人の抜け殻である白い毛皮を抱え、クレバスを覗き込む2人。



(人間の女… まさか!?)



(ジョウ、そこよ! そのクレバスに時空の特異点が現れたわ!)



(何だって?)



 目を凝らし、クレバスの深い闇を覗き見る… フランソワーズが言うように、

その中で何かが淡く光っているようだった。







 ***********







「まるで、あの白い原人…イェティが導いたようだ」

 ジョウとハインリヒ以外のメンバーもダウラギリ山群にあるそのポイント、

フランソワーズが示した<時空の特異点>が存在するクレバスに集結した。





「この先に、この闇の果てに何かがある」



 吹き荒ぶ風が彼らの全身に纏わり付く…。



「ここが『シャンバラ』への入口か?」

「…先に進むしか無さそうだな」

「地下に潜るのはワテの18番アル」

 張大人はおどけて見せた。

「あだ名は<モグラ>っていうくらいだもんナ」

「でも、そう呼ばれたこと一度も無いアル」

 相方のグレートも笑みを浮かべた。

「イワンがいなくても可能だろうか?」

 ピュンマが少々不安げな表情を見せる。

「精神を同調させよう… 大丈夫さ」

「ええ、大丈夫よ。『特異点』は、はっきりと把握できているわ」

 ピュンマはジョウとフランソワーズの瞳に秘められた意志の強さに気付き、

頷いた。



(そう… 俺たちは生まれ変わったんだ)





 ナンバーズ達は彼らの中で『時空の特異点』を唯一認識できるフランソワーズ

の思念に同調し、『そこ』へのジャンプをイメージした。イワンはジェロニモが

しっかりと抱えていた。



「…」

「…?」

「?」

「!」

「?…」

「▲○☆!!」

「〜〜〜」

「◇□◎!!」

「―――!」



「ブン」と一瞬体が浮くような感じ… 不愉快なマイナスGを感じた後、ナンバーズ

達は地面に着地した。



 今までいた過酷なヒマラヤの気象状況とは隔絶した理想的な温度と湿度…いや、

気圧や酸素濃度さえも完璧なこの環境は、幾ら室内とはいえ彼らがいるだろうと

推定される標高から考えてむしろ不自然であった。

 恐る恐る眼を開けるナンバーズ達。



「こ、これは!?」

「凄い!」



 <地底帝国アガルタ>の首都シャンバラ。

 チベットの地下にその伝説の都市は実在した。



 頭上に輝く淡い光は人工太陽だろうか…。整然と区画整理された建造物群…。

 それらが造られてから相当の年月がなかれているのは明らかだったが、風化

や酸化といった経年変化は殆んど見られない。

 経験した事のない感触の建築材… 青銅、鋼鉄、ステンレス、ジュラルミン、

セラミックス、チタニウム合金、コンクリート、アスファルト、カーボンコン

ポジット… 彼らが知っているいかなる素材ともそれは違っていた。

 素材ばかりではない。素材の強度不足や、力学的解析が不十分である為に

20世紀の文明では実現困難なその形状… 推進力が何なのか判別不能なほど進化

した移動用機械!

 人類の文明を遥かに凌ぐテクノロジーに満ちた地下の無人の巨大空間…

20世紀人である彼らが受けた衝撃は計り知れなかった。



「これが伝説の理想郷シャンバラなのか?」

 額に汗を滲ませるグレート。

「中東の<ウルク>で発見されたものと同等のものだな」

 ジョウは無意識にぽかんと口を開けていた。

「こんなオーバーテクノロジーなら世界中が注目するのも無理はない」

 ハインリヒは腕を組み、呻くように言った。

 皆が息を飲んで立ち止まっている中、ジェロニモに抱かれたイワンが目を覚

ました。



(驚イテイル暇ハ無イ。サア、コノ都市(マチ)ノ中心へ行クゾ)



 イワンは瞳を輝かせ、ジェロニモの腕からふわりと浮き上がると水先案内人の

ように前へ進んだ。

 ある種の知的興奮冷め遣らぬ中、彼らはイワンに導かれるように、この地下

都市で一番壮麗な建造物へ歩みを進めた。

 『宮殿』と言っても差し支えないようなその建物の内部を迷うことなく進む

イワン。

 そしていきなりナンバーズ全員をある部屋にテレポートさせた。

「おい!イワン」

「いきなりかよ…」

「もっと丁重に扱って欲しいわ」

 意表をつかれ、体のあちこちを床に打ちつけたナンバーズ達はイワンに文句

を言った。



 テレポート先のその空間は何かの司令室のような雰囲気だった。大幅に洗練

されたレイアウトではあったが、各種ディスプレーや操作盤がそう主張していた。

 フランソワーズは操作板に近づくと、至る所に書かれた見慣れぬ文字に目を留めた。



「古代の言葉だわ… 何て書いてあるのかしら?」

しゅめーる語、ひったいと語… 原始印欧語ニ、古代うらる・あるたい祖語…)

「内容は分るか、イワン?」





(神ガ創リ、我々ガ知恵ヲ与エシ人間… 汝ラガココへ至リシトキ、我々ハ再ビ

目覚メル…)



 イワンがそう言った瞬間、ナンバーズ以外の存在の複数の思念が、皆の脳に

直接呼びかけるのが分った。



――待っていたぞ… 人間――



「誰だ!? 」

「ここへ僕らを導いたのは貴方達か?」



――情況は分っている。無駄な時間は無い――



「貴方達は一体…?」



――<君達の友> とでも言っておこうか――



「友? 敵ではないと?」



――最大の敵は<神>だ――



 ナンバーズ達に<心の声>が響く。

 間近に迫る『神』の制裁… この<声>の言うように確かに時間は無い。

「地球を包囲している宇宙艦隊、あれは貴方達のものではないのですか?」

 ナンバーズ達がいる部屋に無数のフォログラフが出現した。

 それらは世界各地の出来事を的確に映し出していた。



――来るぞ。<神の雷(いかずち)>だ――



 その瞬間、世界各地に『神』の宇宙艦隊からの一斉攻撃が加えられた。

「あっ!!」

 ディスプレイに映し出される世界各地。高エネルギー照射の雨が降り注ぎ、

光の洪水が全ての主要都市を覆い尽くしたかに見えた。 しかし…。



 東京、パリ、東西ベルリン、ロンドン、NY、モスクワ、北京、ナイロビ、

メキシコシティと光の洪水が消え去った後も多くの主要都市は健在だった。



 そして… それらの中心地にそびえるような高さの<存在>が姿を現した。

「きょ、巨人!!」

「巨人だ!」

 身長1kmはあろうかと思われる巨人が攻撃を受けた世界各地に出現し、

防御しているのだった。

 険しい表情をしたその顔は、イースター島、あるいは南米オルメカの巨顔彫刻

を思わせた。



――我らの僕(しもべ)ネフィリム… 君達の故郷においては『ユミル』

『ティターン』『バーリアック』『ダイダラボッチ』等という名前で伝承や伝説

となって語られていた巨人だ――




「ネフィリム? 『エノク書』に登場する堕天使たちと人間の混血種族<巨人ネフ

ィリム>か?!」

 その手の書物を猛烈に貪り読んでいたジョウが叫ぶ。



――エノク書を知っているのか… もっともあれは<神>の視点の話ではあるが――



「それでは、貴方達は… グリゴリ?」





――<我が名はアーリマン>――





――<シェムナーイル>――





――<そして、アズラーイル>――





――<神>に準ずる力をもつ7つの意識集合体<アーリマン><ジブリール>

<シェムナーイル><ダルダーイル><ヌラーイル><アズラーイル>

<イスラーフィール>…そのうち、我ら3つの意識集合体、そしてその配下を

合計すると200の意識体が、<神>への反旗を翻した。 <グリゴリ>とは

<監視者>を意味する言葉だ――






「アーリマン!? 複数の宗教でその名は『悪魔』あるいは『堕天使』と同義だが?」

 ハインリヒが訝しげに言う。





――堕天使… その言い方が分りやすいならばそう言う解釈でもいいだろう。今の

人類に流布している言伝えは<神>によって情報操作されている。それよりも各地に

展開する9体のネフィリム。

 これからは君達に任せる。君達が彼らのドミナス(主人)だ。行け、人間達よ、

話はそれからだ――






 <心の声>の意識への流入が止まると、彼らは完全に気を失った。そして一瞬…

しかし情報量は膨大な<夢>を見た。



 ジョウが眼を開けると、彼は関東平野に出現した巨人『ネフィリム』と意識が融合

していた。

 眼下に拡がるのは半分以上廃墟と化した東京の街。

 この巨人は、かつて古代日本の関東平野を闊歩したといわれる伝説の巨人『ダイダ

ラボッチ』の末裔だろうか?

 既に<夢>の中で彼は自分のなすべき事を習得していた。

 彼と巨人の意識は徐々に同調していった。



 息つく暇も無く、再び上空から高エネルギー体の照射が無数に浴びせられる。

 次の瞬間、彼、島村ジョウの防衛本能と『巨人』の“心”がシンクロし、ヘミソフィア

(半球状)の防御シールドが発生… 再び光の洪水に飲み込まれながらも関東平野への被害

を最小限に食い止めた。

 シールドを解除した巨人は、足元にあった東京タワーを引き抜くと、槍投げの競技者の

ようなフォームでタワーを構えた。

 すると、彼が持つ東京タワーは淡いオレンジ色の光を放ち、眩く煌いた瞬間、巨人はそれ

を勢い良く上空へ投擲した。

 巨人が投げた東京タワーは、瞬く間に大気圏脱出速度に到達し、敵の母艦に命中。

閃光とともに母艦は爆発し、廻りの僚艦を誘爆させつつ艦隊ごと消滅した。



 ジョウの意識が巨人ネフィリムとともに東京にあったように、パリにはフランソワーズの、

東西ベルリンにはハインリヒの、ロンドンにはグレートの、NYにはジェットの、モスクワ

にはイワンの、北京には大人の、ナイロビにはピュンマの、そしてメキシコシティには

ジェロニモの意識がそれぞれの都市でネフィリムとともに存在し、敵を迎撃した。



 天安門広場に出現した巨人は、大きく息を吸い込むと口から竜巻状のエネルギー波を

上空に向かって吐き出し、それは物凄い速さで、瞬く間に北京上空の敵宇宙母艦を貫いていた。

 NYに出現した巨人はそれ自身が輝き、ミサイルのように飛び立って上空の敵宇宙母艦に

体当たりを敢行した。



 他の地域でも各メンバーが操った巨人たちが活躍し、壮絶な闘いの後、<神>の宇宙艦隊

を完全に撃破してしまった。



 <巨人ネフィリム>はそれ自身が強力な「人造人間」であると同時にドミナス(主人)のサイ

キックパワーの増幅機でもあったのだ。



 illustrated by るな





 ********





“ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…”



 猛烈な疲労感… 今までに体験したことのない疲れ方だった。



(み、皆は? フランソワーズ?? ジェット??ハインリヒ!?)



(大丈夫よ…)



(ああ、生きてるゼ)



(それにしても、凄い力だな)



(よかった。他の皆も無事か?)



(大丈夫だ…)



(超巨大火焔放射でやっつけてやったアルよ!)



(俺達が操ったんだよな…こいつら)



(巨人… 俺たちに<心>開いた)



(彼ラ… 巨人ノ意識ト我々ガ<しんくろ>シタノダ)





――君達の先祖は上手くネフィリムを扱えなかったが、大した『ブリルの力』だ。

しかし、これで終わった訳ではない。有機体サイボーグが操る古典的な宇宙艦隊など

単なる未開種族鎮圧の為のコケオドシに過ぎぬのだから――






 朦朧とした9人の意識の中に<彼ら>の思念が再び入り込んでくるのが分った。



(貴方達は?… そして<神>とは? 教えてくれ! 造物主たる<神>は、何故我々

を滅ぼそうとする?)







―― これから話すこと… それが真実だ――







 人は死に際して過去の記憶が『走馬灯』のように脳裏を駆け巡るという…。

 しかし、その時彼ら9人の意識の中を駆け巡った情報は全て未知のものであった。





★BACK★     ★NEXT★
inserted by FC2 system