風に舞った雪が全てを覆い尽くす。 手を伸ばした先さえ見えない中それは起こった。 傍若無人な吹雪さえ一瞬静まりかえる形容しがたい音と光と共に忽然と彼は出現した。 吹雪が息を吹き返しその猛威を振るおうとしたが彼の周りを取り巻く光に簡単に阻まれる。彼の黄色のマフラーは猛威を振 るう吹雪の中でも緩やかに揺れるだけだった。 彼は静かに言う「晴れろ。」 この世界の支配者の如く振舞っていた吹雪が一瞬に消え去る。 陽の光のなか雪渓をまとった稜線が浮かび上がり、遥か彼方の山脈までが見渡せる。 太陽の光を浴びてダイヤモンドダストが煌めく。 もし登山者がいたなら、神の降臨と思うだろう。それは正しい解釈だった。 彼こそ人と言う存在を超えた力持つものだった。 無人の頂に降立った彼は雲海を見下ろし下界を探る。 地球上の全てを把握した時ため息をついた。 そこに彼の求めるものは無かった。 今いる場所は自分の知る世界と殆ど変わりない自然。 今となっては名前は無意味な山脈も馴染み深い場所と言える。 しかし下界は正に魔境と言う表現しかない場所だった。 日本と言われたこの土地に居た人も都市も今は無い。 代わりに得たいの知れない動物や植物が跋扈する世界。 その中で人は細々と生存していた。科学文明は崩壊し原始生活に近い者が大部分だった。 幾つかは街を作り曲りなりにも文明の残滓を残した場所もあったが、それさえ地球規模の世界の変貌の中やがては消えてい く運命にあった。 彼は思った。あの未来人達の世界なのだろうか?彼らが命がけで時間を脱出した世界なのだろうかと。 嫌違う、彼らの悲惨な世界には少なくとも自分の子孫がいた。しかしその時間の流れは自分には関わりの無いものだった。 彼らが過去へ旅立つ時に知った事実は決して実現しなかった。 どこで分岐したのだろう。今も異世界を流浪する自分と確定した未来を受け取った自分が違うなどと想像だにしなかった。 「それが理由なのか?」 声のした方を振り向くと、そこにはモノリスが在った。 高さ4M程の中心から両端が槍の様に尖り上下対象の多角錐の物体。 水晶体にも似たそれは自然物では在り得なかった。 「播種者か?」彼は物憂げに言った。 「異世界の者よ。何故この世界に来た。」モノリスが質問する。 答えずに彼はモノリスを見詰める。 彼の脳裏に膨大な情報が流れ込む。それはモノリスが記憶するこの星の命の記憶だった。 生命が誕生し虚無に消えていく歴史。モノリスはその傍観者であり証人だった。 彼の個体としての儚い記憶もモノリスに渡った。 「この世界に君の求める者はいない。それとも現行人類を憐れんで歴史を動かすのか?ジョウ」モノリスは彼に再び問う。 「排除しないのか」ジョウが問う。 「排除?」不思議そうにモノリスが答える。 「今まで播種者は己の世界を守る為に排除するか取り込もうとしてきた。」 「確かに君は特異な存在だ。排除するには太陽系さえ消滅させる力でさえ足りぬ。君はそれ程の存在だよ。しかし君はその 自覚さえない。」 ジョウが不思議そうな面持ちをするとモノリスは淡々と答える。 「君は己の力を自覚しない危険な存在だ。しかし君は私の世界に干渉する気が無い。故に私は君を排除する必要が無い。違 うかね?」 しかしとジョウは思う。今まで遭遇した彼らは違った。神と言われる存在にしろ魔と呼ばれる存在にしろ。 「彼らは君の力さえ見抜けぬ愚かな存在だ。この世界の現状を見ても君は干渉する意思を持っていないだろう。少なくと も私の成した事を非難する気も無い。君は私に取って得がたい指針ではある。何故なら君は人類の究極の進化形態の一つだ からね。」 モノリスの行った事を非難する事はジョウには出来なかった。 進化に行き詰まった人類。絶滅を余儀なくされた地球生命体。モノリスは新たな進化の道を地球生命体全てに公平に与えた に過ぎない。 愚かな人類が、その進化の道を阻んだ。潔く洗礼を受け入れていれば進化の頂点に君臨できたかも知れない。しかし人類 は暴走した。 核兵器や使用し恐ろしい生物兵器を解き放つ暴挙の挙句に人類は自ら王座から転がり落ちたのだ。そして人類が生きるには 余りに過酷な世界に豹変したのだ。 ジョウが持つ力ならば再び人類はこの世界に覇権を取り戻す事は容易だろう。 「しかしジョウ君はそれをしない。何故なら君の求める者が居ない世界だから。」モノリスが指摘する。 時間を遡り過去を変えても、今この時は変えれない。時間が分岐して新しい未来が始まるに過ぎない。元の世界で厭と言う ほど試みた事だった。だからこの世界にいるのだ。 やがてモノリスの求める生命体が誕生するだろう。進化という大河は残酷なのだ。 人類の祈った神はいない。いるのは全ての生命体を育み見詰める播種者だけだ。 この地球に命の息吹を与え何十億年の歳月を費やして宇宙意識の高みまで育み事が使命である存在。 それが彼らの成すべき事であり種の個体の都合などは考慮の内には入らない。 「諦めるのが早いね。まだ千年程しか経っていないのに。まだ人の感覚で考えるのか。」進化を見詰めてきたモノリスは 飄々と語る。 確かに数十億年の進化を見守ってきたモノリスにとって千年など瞬きする時間でしかないと思う。しかしジョウには・・・ 「私は見守るだけなく、種の進化を促進する個体を選別し伸ばしてきた。人類も未だその進化の途上にある種だよ。」 モノリスの言葉の真意が分からずにいるジョウに対して、「この程度の環境など微々たる変動に過ぎない。おまえ達哺乳類 の世界が終焉した訳ではない。しかも私はそれ等種に対して公平にアダムとイブを用意して置いたと言う事だよ。」 君の来訪はもしかしたら必然だったのだろうとモノリスが言う。 訝しげに尋ね様するジョウを制しモノリスが「入りたまえ。説明する」と同化を促す。 「大丈夫。罠を掛けている訳でない。賓客として迎えると言う事だよ。」 ジョウがモノリスに手を触るとその手はモノリスに吸い込まれていく。 体を押し入れると、そこは光に溢れた空間だった。 「必要な物はイメージすれば出る。」座るところと思う瞬間ソファーが出現する。 ジョウ、君はまだ力の制御が出来ていない。力任せにするから無駄も歪みも生み出す。 姿がないと落ち着かないか?これでどうだ? 杖をついた長い白髪の老人が出現した。 老人は笑いながら「君の神のイメージだよ。」 さて、と老人はジョウの横に腰掛けながら前を指差す。 そこには無残に壊れた巨大なロケットと思しき物体が草原に横たわっていた。 「君に良い物を見せて上げよう。私が選んだイブだよ。」老人は興味深げにジョウに笑いかける。 老人とジョウは坐ったままロケットの裂けた部分が大きくなり内部に入っていく。 まるで映画を観ているようだ。 老人は「済まんが出来るだけ干渉しないで貰いたい。君がどうしてもと言うのなら止める術はないのだが、これはこの世界 の管理者の願いとして聞いて貰いたい。」 真意が判らず訝るジョウが、その意味を理解したのはイブの姿を見た時だった。 宇宙船だった残骸の生存者は、たった2名だった。 まだ若い少女と少年。 二人の姿を見た刹那、老人は「ジョウ。君がこの世界に来たのも必然だったかも知れない。 一介の播種者には計り知れない天意に拠って君は導かれていると感じる。」と楽しそうに語った。 マリア・ヘンダーソンとジム・ヘンダーソンの姉弟。 彼らは、壱千年の時を超えたこの世界のジョウの子孫に他ならなかった。 マリアは髪や眼の色の違いが有ってもフランソワーズに瓜二つだった。 ジム(ジミィの愛称で呼ばれる)は、幼い頃の自分と・・・ ジョウは彼らを見詰め思わず涙が零れた。