雪夜 from レイコさま







くらやみに包まれたひとつぶの輝きが、くだけ散って雪となった……。





         【 CYBORG 009 IN CONCLUSION ANOTHER STORY 『雪夜』 】






 

どれほどの時間を闘い抜いたのか、すでに感覚は無い。

消耗が激しかった。



ゼロゼロナンバーたちは、休息を得るために、雪に埋もれた岩窟に身を潜めた。

地球の超自然エネルギーの脈動を利用してシールドを張り、そのエネルギー波にまぎれて

隠れているが、ほんの一時しのぎのことである。

しんしんと降る雪のむこうに、石鳥居だけがポツリとあった。



「灯台もと暗しアルね」



「そうだよなぁ、ここだって神サマの領域なわけだろ?」



沈みがちな空気を払うようにジェットと張々湖が少しおどけて言葉を交わす。



「そう、まさに、お釈迦さまでも御存知ない…と」



「よく知っていると言いたいところだが」



「宗教がちがうよ」



調子をあわせたグレートに、アルベルトとピュンマの反応がクールだった。



だいたい日本は神も仏もアーメンもごちゃまぜなのだからして、そんなキビシク

言わんでも…などと、グレートはぶつくさ話を続けるが、ここにいる栗色の髪の

日本人は、そのことを議論する気はないようだ。



「寒くないか? フランソワーズ」



ジョウは、肩にもたれる彼女に、気づかうまなざしを向けた。



「ありがとう、だいじょうぶよ」



フランソワーズの顔色は疲労のため蒼白だった。

それでも彼に応えて、ほのかな笑みをうかべる。



「カラダ、大事。 俺たち気にせず、早く休む。」



ジェロニモが休息をうながす。

フランソワーズのなかには小さな生命が宿っているのだ。

先の見えない闘いのなかで、お腹の子は成長していた。



「この子のおかげで、みんなの気持ちがひとつになれるんだ」



「俺たちの心をひとつにつなぐ“キイ”ってわけさ」



ピュンマ、続いてジェットも声をかける。



「少し眠って、起きたら、おいしいもの食べるアルヨロシ」



さっき渡った小川のなかに川魚の影、見つけたアルよ。

あとで釣って料理するのコトよ。

…と、張大人はニコニコと言う。



皆が、それぞれに彼女をいたわり、励ました。



フランソワーズは、さらに嬉しそうに微笑む。



「ジョウ、おまえさんも一緒に休んでおけ」



アルベルトの言葉に、ジョウが何か言いかけると、



「おまえさんが、いちばん責任重大だからな」



ニヤリと笑いながらアルベルトは有無を言わさぬ口調で言った。



「…そうさせてもらうよ」



ジョウは、フッと笑い、おとなしく言葉に従う。

もたれて休むのに手頃な場所を選ぶと、膝の上にフランソワーズを座らせて

自らの腕でくるむように抱きかかえた。

二人とも、そのまま互いのぬくもりにうもれて眼を閉じる。



「イワンは、まだ戻らないのかい?」



ピュンマがジェロニモのかたわらに置いてあるクーファンを覗き込んで訊いた。

イワンは精神体を飛ばして探査に出ているのだ。

“敵”に関する情報を集めるために。



敵は強大だった。

目覚めたばかりの新たなる力で闘っても、追い払うのがやっとだ。



「倒したと思っても、すぐに傷がふさがって再生しやがる」



ジェットは忌々しそうに舌打ちをした。



天使の姿をした敵。

森羅万象を動かす圧倒的な力。

まばゆいばかりのオーラを放ち、向きあうものを戦慄と魅惑でもって服従させる。

それが、じきに、大軍でやってくる。



沈黙が一同を支配する。



「それでも抵抗するだけだ、最後までな…」



アルベルトが会話に終止符を打つと、見張りに立つものと仮眠をとるものとに

分かれて、しばしの時間を過ごした。





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どれほど眠ったのだろうか。

ジョウは、ふと目を覚まして、かいま見える外の雪と闇とを見つめた。



風は無い。

雪はみずからの重さのままに、音もなく降りてくる。

静寂のなか、雪の速度で、刻が過ぎる。



降る雪の、ほの白い残像にさそわれて、ジョウの思考は闘いの日々をたどっていた。







< 最終的には“人間”と対峙することになる。>



…そんな予感がしていた。



今まで立ち向かってきたすべてをあざ笑う、残酷な真実。







< 自分から天使に従おうとする者も多い。>



あのときも、そうだった。



天使から人々を守るために闘って。



だが一人の女性が叫んだ。



「ぬりつぶしてしまいたいのよ! なにもかも!!」



…… コノ カナシミハ モウ ドウシヨウモナイノ ……



その見開いた瞳は何も見ようとはしない。



彼女は、天使を選んだ……。







哀しみのどうしようもなさは、ぼくたちも、よく知っている。



だけど、ぼくたちは、見つけられたんだ。



───差しのべられた手を

───気づかうまなざしを

───流された涙を



───還るべき 故郷の 青を







この想いを深く届けることは、できないのだろうか……。







かつての死闘が脳裏によみがえった。



ブラック・ゴーストの三つの頭脳。

もとは、どんな人間だったのだろう───。









「あら、ジョウ、起きてたの?」



腕のなかでフランソワーズが身じろぎをする。

ジョウの物思いは、そこで途切れた。



「ごめんよ 起こしちゃったね」



額をよせて、彼女の髪をやさしく撫でた。



「まだ大丈夫だから、もう少しお休み」



フランソワーズは心地よさげに目を細めて小声で言う。



「アタシ…」



「ん?」



「おこらないでね、アタシ、しあわせなの…」



ジョウは、ちょっと微笑んで、答えのかわりに、やわらかなくちづけをした。







しばらくして、ジェロニモの声が皆を呼んだ。



「…イワン、戻った。」



休んでいたものも、そうでないものも、起きあがって集まる。



イワンの身体がポウッと光り宙に浮き上がった。



「どうだったイワン、なにか見つけたかい?」



皆を代表してジョウが訊く。



やや沈黙をおいて、イワンがテレパシーを発した。



<天使ニツイテノ手ガカリハ ヒトツ ツカンダヨ>



全員が色めき立つ。



「それは、どんな…」



だがイワンは、話を打ち切り、両眼を見開いた。



静寂が突如として破られた。





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「敵だわっ!」

「来る!」



003と005の声が同時にあがる。



稲妻のごとき閃光が岩肌を真横に裂き、つづく衝撃で崩れ落ちる岩と雪の塊。



001の精神移動で全員がとぶ。



攻撃をかわしながら2回3回と移動を繰り返し、どことも知れぬ雪原に出た。



風は吹きすさび、雪が渦巻く。



わらわらと天使たちが群がり囲う。



そして激しい戦闘のうちに、ゼロゼロナンバーは個々バラバラに寸断されていった。





ひとりの天使が、003を追いつめた。



まばゆい光の翼を広げて、彼女をとらえようとする。



彼女はよく闘ったが、さらに天使の数は増えて、ついに隙間もなく囲み込まれた。



《ワレワレノ手ヲ取ルノダ 女ヨ》



《ソノ抵抗ハ無駄ダ》



天使たちの声は天上の音色。



「近寄らないで!!」



それを振り払うように、戦士の強いまなざしで、なおも抵抗を続ける。



だが天使たちは少しも動じず、静かに彼女を見下して言葉をつむいだ。



《オマエモ ソノ子モ ワレワレノ 糧ニスギナイ》



《ワレワレト ヒトツトナッテ “力”ノ モトニナル》



「冗談じゃないわっ」



天使の瞳は夜空をうつす水鏡のようだった。



その瞳が揺れて、妖しい光を放つ。



《ワレワレハ 完成サレタル者》



《コノ“力”デ 過去ノ スベテノ ツナガリヲ 断チ切ッタノダ》



「…なにが言いたいの?」



含みを持たせた言葉に、眉をひそめて身構えながら、彼女は慎重に尋ねた。



《ツマリ ソノ子ガ 糧トナラズニ成長シテモ…》



《ヤガテ ソノ血ノ ツナガリノ果テニ ワレワレニ 行キツク ト イウコトダ》



「えっ!?」



天使たちの輝きが一段と増して甘美な呪縛の音色が唱和する。



《サァ》



《オイデ…》



「いやっ」



彼女の精神に容赦なく天使たちの手がのびてきた。



その手の感触のおぞましさに、思わず悲鳴がでる。



「やめてっ やめてっ!!」



《身ヲ ユダネルノダ》



《ソウスレバ 楽ニナレル》



それでも彼女は003として必死に抵抗を続ける。



瞬間、彼女の能力が予感をとらえた。



その予感がとらえた音に向かって、天使の手を振り払い、飛び込んでいく。



耳慣れた摩擦音が彼女を包んだ。



「009!!」



「003、無事か!?」



天使たちの囲みを加速で切り裂き、抜ける。

短い言葉のやりとりで互いの状態を確認すると、そのまま反撃に出た。



加速空間に天使たちを巻き込む。

静止する雪煙。

光をまとった鋭い風が、天使たちを倒していく。



だが天使はみるみる再生する。



《ナゼ ソンナニモ 逆ラウノダ》



《呪ワレタ 未来ヲ オマエタチハ スデニ見テイルデハナイカ》



009は天使に対して一歩も引かなかった。



「呪われているなどと、ぼくは思わない」



かつて、はるかな過去へと旅立っていった、あの未来人たちが目に浮かんだ。



「それに、ぼくたちは、未来の“すべて”を見たわけじゃないんだ!」







009のすぐ後ろの空間がゆらめき、001が005とともに出現した。



<ミンナ ココニ 集マレ!>



005が倒れていた巨木を抱え上げ、天使たちを、なぎ払う。



天使のひとりの足もとに、ころころっと雪玉がころがりついて、ポンと007に変わる。

そして天使に捨て身で取りつき、かろうじて翼と両足を固める。



続いて、雪の大地のなかから006の竜炎が上がった。



008が、その熱で水蒸気となった水を集めて天使を封じ込める。



002が空中で自在に輝く軌跡を描き、004は002とともに閃光の弾丸を降らせる。



003が皆の連携を助けて、天使たちの位置を正確にナビゲートした。





<ミンナ 精神移動ダ>



001は天使が受けたダメージをはかり、それが回復される前に、脱出を指示する。



<イクゾ!>



ゼロゼロナンバーたちは再び、001によって転移を重ねていく。



移動の跡を消しながら慎重に場所を選ぶ。



いくたびかの移動のあと、天使たちの追撃がないのを確認し、戦闘状態を解いた。







先ほど戦闘のあった場所とは違うが、同じような、どことは知れぬ雪原。



雪はやんでいた。







「生きのびたな…」



アルベルトが、かすれた声で、つぶやいた。





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夜空は雲でおおわれている。



積もっている雪を掘って野営の場所をつくり、そのなかに全員で身を寄せた。







「なんだって!?」



「それじゃあ、あの天使たちは、我々の子孫だというのか!?」



<ソノ 可能性ガ アル ト イウコトダヨ>



イワンの話を聞いて皆が驚愕する。



「しかし、それでは自分たちの存在が消えてしまうじゃないか」



ピュンマが思わず声をあげたのに対し、イワンはさらに言った。



<彼等ハ ソノ“力”デ 過去カラノ スベテノ影響ヲ絶ッテイル>



「そんなことが…」



<トテツモナイ事ダガ 事実ダ>



しばしの沈黙のあと、さらにイワンは言葉を続ける。



<ソレニ 彼等ハ“自然ニ生マレタ”トハ 限ラナイ>



「!?」



<人為的ナ モノ カモ知レナイノダ>



「なんてことだ…」



呆然と一同はつぶやいた。



「それでは、我々は、我々がつくり出したモノに…」



「つくり変えられようと、しているのか」







過去へ旅立った未来人たち。

時をこえて移民した彼等のその後は定かでない。







ジョウとフランソワーズは、うつむいていた。



……《ワレワレハ 完成サレテイル》

天使の声音がフランソワーズの耳によみがえった。







重苦しい沈黙が支配する。







それを破ったのは、ジョウだった。



「それならば、なぜ、天使たちは、ぼくたちを糧にするのだろうか?」



 皆の視線がジョウに集まる。



「過去を変えて人類をつくり出し、さらにまた、つくり変える必要があるというのか?」



わずかに時間をおいて考えをまとめ、さらに言った。



「もしかしたら、彼等は“限界”にきているのではないだろうか……」



“完成”ではなく“限界”

フランソワーズが、ジョウの横顔を見つめる。



<ソノ答ヲ 得ルニハ マダ情報ガ 足リナイ>



イワンはジョウの疑問を受けて、静かに言った。



<ダガ 彼等ノ背後ニ サラナル巨大ナ“力”ノ存在ヲ 確認シテイル>



「まだ親玉がいるってのか!?」



「それこそが“神”だと?」



<ワカラナイ>とイワンは答えた。



<イズレニセヨ ソノ“力”ノ正体ヲ 知ル必要ガ アル>







再び沈黙が訪れる。



だが今度の沈黙は短かった。



「皆で力をあわせて、その“巨大な力”のある場所へ行くんだね? イワン」



確かめるようにジョウが言った。



<ソウ 知ルタメニ 向キアワナケレバ ナラナイ>



イワンの言葉を聞いた皆の表情は、さばさばとして、むしろ明るかった。



「決まり…だな」



「逃げ回っても、しょうがねえしよ」



「行くしかないだろうね」



「行って、向きあう。」



「そうするアルね」



「そーしますか」



皆それぞれに賛意を示す。



ジョウは無言のまま強くうなずき、フランソワーズに瞳を向けた。



「フランソワーズ…」



彼女は、やわらかく静かな声で、きっぱりと言った。



「もちろんよ。 闘って、そして、産むから…」



言葉に続けて、にこやかに笑う。



反射的にジョウはフランソワーズを抱きしめた。



そう、あのときに、約束した。



闇にあやつられて授かった子ども。



だが、その生命の粒は、ただただ純真に、カタチとなっていく歓びをうたっていた。



「守るよ、必ず」



そして、ぼくたちが感じたこの幸せを、いちばん始めに伝えよう。

…こころの深いところへ届くように。

いかなるときも、それが、この子を守護するように。





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雪が降ってきた。



風もなく音もなく、ただ闇夜の黒と、雪の白があるばかりの空間。



ゼロゼロナンバーたちは輪となり全員が向きあうと、静かに精神集中を始めた。







< 楽器の音あわせみたいだな… >



ふと、004は思った。

皆で精神をひとつにあわせて力を発揮するのは、まるでオーケストラの演奏のようだ。

個性のちがう音色があわさり、ひとつの曲になっていく。







< 神は“リズム”なのかも知れないって、ときどき思うんだ >



海のなかにいると、特に…。

008は、そっと眼を閉じる。







< 大いなる精霊、生命あるもの、選別しない。>



005は、どっしりと静かだ。







< おお、なんと、神を相手に宇宙劇場で大芝居!>



ダジャレも壮大に、やらにゃあな。

007は、胸に片手をあてて深呼吸する。







< ドコ行っても、食材見つけて、料理つくるアル >



食べるコトは基本アルからね。

頑張るヨ〜〜! と、006。







< ホントに神サマだったら、やべぇよな >



借りが一つ、あるからな。

ひとこと礼を言って、ケンカは、それからだ。

002は天を仰ぐ。







< 一緒に、どこまでも…… >



009と003は、互いの想いを重ねる。

そして手をつなぎあわせた。









皆の精神集中を先導していた001が合図を出す。



<サア ミンナ 出発スルゾ!>







夜が明ければ光に満ちた絶望がやってくる……。



たどり着かなければならない。

その先にある場所へ。

そして向きあわねばならない。

真の夜明けを取り戻すために。







皆が手をつないだ。

生み出された白光が全員を包んで螺旋状に渦を巻く。

それが瞬時に天に向かい柱となると、輪と広がって大地に消えた。



ゼロゼロナンバーたちの姿は、どこにも無い。







───澄みわたる闇黒

───降りしきる純白







かすかな除夜の響きが余韻となって虚空を揺らした。









深いところへ届くように。



そして、ぼくたちは、ひとつぶの─────・・・








 

【 続く 】



 



★ラフ描きマンガVer.(byるな)★




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