戦場のオデット from Fortunataさま ■






・・・鳥が。



一羽の青い鳥が射抜かれたのかと思った。

彼女が、フランソワーズが邪鬼に襲われたあの時。



「フランソワーズ!!!」







自分に向かってくる敵を倒すことで精一杯だった。

それで・・・守れなかった。その身にスーパーガン以外、

何の武器も持たない彼女を。

そんな僕の目に初めて映ったフランソワーズは、邪鬼の

猛攻を全身に受ける姿だった。

全身を撃ち抜かれ、倒れる姿だった。

改造された部分から火花が飛び、生身である部分から血

がしぶき、白砂を赤く染めた。



神を名乗る者・・・そして翡巫女との最初の闘いの時だ。

今でも時々夢に見る。

邪鬼に襲われ、倒れたフランソワーズの姿。

そのたびに、飛び起きて、すぐ隣で寝ている彼女を

起こしてしまう・・・。





「ジョー・・・」

「・・・・・・」

「ジョー!」

小さな声と僕の頬を撫でる暖かい手に、はっと目を開けた。

見ると、暗闇の中でフランソワーズが身体を起こして、

僕を見つめていた。驚いたような、不安そうな顔で。

「・・・フランソワーズ?どうかしたのかい?」

「どうかしたの?って・・・それは私のせりふよ。

 あなた、うなされていたわ」

「うなされて・・・?」

僕の言葉にフランソワーズがうなずく。

「突然、苦しそうに私の名前を呼んだから、驚いて

 起きてしまったのよ・・・」

「・・・ごめん」



夢の話は、一度も彼女にしていない。

したところで、彼女に余計な心配と不安をもたらすだけだ。

未来透視という、新しい力を得てから彼女は、これまでの

何倍も闘いに神経を消耗している。

一日一日を闘い、生き延びるため、そして仲間達を危険

から守ろうと、目をこらし、耳を澄ませている。時には、

言葉での伝達が間にあわず、自ら、僕達にはまだ見えない

敵の中に突進していく。

そうすることで彼女は僕達を守り、代わりに自分の傷を

増やしていた。身体も、心も。

今日だってそうだった。

皆の前では平気だと笑っていた彼女は、仲間達から離れて

横になった瞬間、こらえきれない傷の痛みに歯を食いしばっ

ていた。そして横に添った僕に、

「ごめんなさい。ちょっとだけ・・・」

と言うやいなや、僕にしがみつき、胸に顔を強く押しつけて

きた。

身体の苦痛を決して言葉にはしない。でも脂汗を額に

浮かべながら長い時間耐えていた。そんな彼女が

眠りについたのは、本当についさっきだったはずだ・・・。



「本当に大丈夫?」

強い風がフランソワーズの髪を乱している。髪を押さえながら

問うフランソワーズに、僕も身体を起こしてうなずいた。

「きみは?」

「平気よ」

「身体は・・・?」

「楽になったわ。イワンが・・・何かしてくれたのかも」

「よかった。眠れそうかい?」

「ええ」

フランソワーズがうなずき、再び身を横たえようとした。

でも何を思ったのか、それを止めた。

「あの・・・」

「ん?」

なにか言いたそうな目で僕を見ている。

「どうかしたのかい?」

「ううん。・・・なんでもない」

「なにか言いたそうな顔をしている」

「あなたに・・・聞きたいことがあるの」

「僕に?なにを?」

「・・・本当なの?」

「え?」

「あの・・・翡巫女の正体」

「翡巫女?」

「翡巫女は・・・あの翡翠さん・・・なの?」

フランソワーズの唇から、翡翠の名前が出た時、僕は

ドキリとして、彼女の顔を見つめた。



「翡翠のことをなんできみが・・・?」

こわばった顔で僕を凝視しているフランソワーズを見つめ返

しながらたずね、そしてあることを思い出した。

「・・・ああ、そうか」

「・・・・・・」

「顔見知りだったね。・・・きみは」

フランソワーズがうなずく。

「そして僕はきみから、彼女の名前を聞いたんだ・・・」

「でも、言葉を交わしたことはないわ。不思議な人。

 少し・・・変わった女の人だと思ったけれど」

「うん・・・」

「あの人が、なぜ?」

「・・・・・・」

「あの人は・・・人間ではないの?」

「わからない。僕も彼女と親しくしていたわけじゃないから」

「そう。・・・そうよね。ごめんなさい、変なこと聞いて」

フランソワーズは深い吐息を零した。困惑と疲労を露わに

した吐息。

「眠っていたのに起こしてしまって・・・」

「それはお互いさまだよ。きみこそ、早く休んだほうがいい」

再び横になるフランソワーズの身体は、この数日の間にまた

細くなった。傷の痛みは軽くなったと言っても完全に癒えた

わけじゃない。今もまだ、浅い呼吸をくりかえしながら目を閉じ

ている。僕が少し力を加えただけで背骨や首がぽきんと折れて

しまいそうに見える。

どうしてこんなに儚く脆く見えるんだろう?どうしてこんな

に無防備に見えるんだろう?

苦しんで、悲しんで、身も心も傷につらぬかれて。

フランソワーズ、今のきみはあの時、僕が見た『白鳥』の姿に

とても似ている。



あの時、僕が見た『白鳥』。

それは、きみが舞った『オデット』。



それは、ふいに僕の頭の・・・記憶の水底から突然浮かび

上がってきた。思い出して・・・体が、震えてきた。

この闘いが始まる前の出来事。今の今までずっと忘れていたこと。

フランソワーズの今の姿が、それを僕に思い出させた。

今思えば、すべてはあそこから始まっている。

でも、あの時のことを、彼女に話すことはできない。

「ジョー?どうしたの?」

「・・・・・・」

「私の顔に、なにかついてる?」

「いや・・・。なんでもないよ」

「・・・・・・」

「本当に、なんでもないんだ」

「ねえ、ジョー」

「なんだい?」

「私のことなら・・・、心配しないでね」

ゆっくりと頭を傾けて、僕を見上げながらフランソワー

ズが微笑した。

「見た目はひどいけれど、そんなに中は・・・心はコタ

 えていないわ」

「・・・うん」

「戦闘中はどうしても離れ離れね。でも、あなたやみんなの

 無事な姿を見つけて、夜を過ごすたびにね、ああ、今日も

 私は死ななかった。ジョーも皆も生きている、よかったって

 思うの」

そう言うフランソワーズに、僕も笑ってうなずく。

「そうだね。それは僕も同じだ」

「あなたに隠し事はしない。隠したところですぐバレちゃって・・・

 倍、怒られるんだもの」

「うん・・・」

「でも」

「でも?」

「あなたは、私に隠しごとをしてる」

「え?」

唐突なフランソワーズの言葉に、僕はぎょっとして彼女を

見つめた。

「どうして・・・そう思う?」

「・・・なんとなく。でも、そうでしょう?」

「・・・・・・」

フランソワーズの言葉に答えられないでいる僕に、彼女は

ほらね、と言うように微苦笑した。でも、彼女は僕に問い

つめることはしなかった。

黙ってフランソワーズを見つめるだけの僕に、彼女が優し

い口調で言う。

「お願い、休んで。ジョー。でないと・・・」

「でないと?」

「私が眠れないの」

言いながら、手を伸ばし、僕の腕を取って横たえようとする。

僕が横になると、フランソワーズは胸に顔を押し当てて、再び

目を閉じた。

僕も彼女の眠りを妨げないように、胸の中の頭を割れやすい

卵を扱うようにそっと撫でながら、目を閉じる。

だけど、一度覚めてしまった頭は、なかなか僕を眠りの

中に戻してくれない。

わずかに身体を丸め、眠りに入ろうとしているフランソ

ワーズを見つめながら、僕は翡巫女・・・翡翠のことを

思い出していた。

翡翠のことだけじゃない。この闘いに入る前の、いろいろなことを。

僕が・・・あの大学の考古学研究室に入った頃のことを。





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